西欧中世の民衆信仰―神秘の感受と異端

　うーん内容は実に興味深いのだが、いかんせん翻訳が悪い。何を言っているのか、日本語として意味が全くとれないところが続出した。一時期のフランスのポスト・モダン哲学の書籍ならともかく宗教史といってもしょせん歴史、具体的な事象を取り扱っているのだから、そんなに意味のとれない文章のはずがない。仏語原文を直訳しているからこうなるとしか言いようがない。欧文脈は関係代名詞を多用していて、日本語にそのまま直訳すると異様に長いものとなるのは、どうしたって避けられない。それをどこで断ち切って、日本語として意味のとりやすい文章にするかが訳者の仕事なのに、そういう翻訳上の配慮が全く感じられないのはどうしたことだろう。

　内容的には初期のキリスト教理をギリシア哲学によって精錬した高位聖職者たちのエリートの信仰と、布教対象としての一般民衆の異教に根を持つ土俗信仰が、最前線に立つ下級聖職者たちの宣教戦略と彼らの文化教養も相俟って、葛藤を通じて次第に統合されて行き、文化階層的差異を孕みつつも一つのキリスト教的信仰を形成していく過程が、豊富な史料を踏まえつつ的確に描き出されている。

　その中でも重要なのが大開墾時代→商業の復興を経て、西欧が都市化していく１２世紀であろう。文化的にも１２世紀ルネサンスの輝きにより記憶されるこの時代、多くの民衆が従来の農村共同体の文化的＝社会的伝統から切断され、都市の社会構造へと組み込まれていく。彼らの生活の不安定さと、それと裏腹の経済的繁栄に起因する知的水準の向上は、彼らによる独自のキリスト教理解換言すれば教会上層部の正統信仰への批判へと帰結した。こうした都市民衆の精神的自覚を母胎とするキリスト教文化の成熟こそがカタリ派やワルド派のような異端運動とフランチェスコ会に代表される托鉢修道会運動という、この時期の宗教史の主役となる双生児的現象を産み出したのだ。こうした運動の出現は、従来相互に無関係に併存していた都市のエリートの真正なキリスト教信仰と、農村の大衆の異教的キリスト教信仰が、経済活動の活発化を通じて接触→融合の過程に入ったからこそ初めて可能となった。

　こうした宗教文化と経済社会の変化の相関は、この時代に関心を持つ者には既にお馴染みの構図ではあるが、それをこのような小冊子で色彩豊かに描き出した、著者マンセッリの力量には感服を禁じ得ない。特に聖フランチェスコに焦点を当てる彼の長年の研究が、こうした達意の叙述を裏打ちしているのであろう。中世ヨーロッパ宗教の歴史人類学的考察に関心を持たれる向きには、示唆する点の多い書物である。それだけに本書が、この生硬で時に読むのに苦痛を覚える翻訳により世に出たことを、いささか残念に思わざるをえない。