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ねじめ正一 認知の母にキッスされ

自宅で倒れ、骨折入院した母親の認知症が進む。妻に「大マザコン」とからかわれながら、入院中も退院してからも、毎日つきそい看護に励むねじめ正一。認知症の母みどりさんは、きままわがままにさまざまな言葉をねじめにぶつける。「やっぱり正一はパソコンだろ。…正一がパソコンでよかったよ。私はパソコンに閉じ込められちゃって外に出られないんだよ。…パソコンはパソコン電車になって走り出すんだ。走り出したら、パソコン電車は駅に止まらないんだよ。…パソコン電車は走っている途中でくるくる回り出すんだよ。パソコン電車はいやだね。パソコン電車はいやだね。パソコン電車はいやだね。…」これって、そのまんまねじめ正一の詩といわれても違和感がない。かつて名作『高円寺純情商店街』(1989年、直木賞受賞作)にでてきたお母さん。乾物屋、のちに民芸店に商売替えして、必死に働いていたあのお母さんが、実は詩人だったのか。ねじめの父正也は、句集もだす俳人だったという。母は、この俳人としての父を熱愛し、みずから句作も行い、父の死後は父が入っていた結社に属し、ねじめ正一に句作のてほどきをするほどだったというのだ。いくら息子とはいえ、直木賞作家にして詩人、あの谷川俊太郎と「詩のボクシング」で今に語り継がれる名勝負を演じた詩人に、俳句の手ほどきをする?しかし、この本で記録されているみどりさんの言葉の連射は、確かに詩人・俳人のものだ。「正一の馬鹿。籠の中から女どもがわたしめがけて撃ってきている。でも、私は女どもの攻撃なんか平気だ。女どもにおしっこだってうんちだってかけてやるつもりでこのお腹いっぱいに溜めてあるんだから。パンツ脱いでおしっこじゃんじゃんかけるよ。うんちばんばん投げるよ。…一銭五厘の飴玉が楽しくてこの世に生きてなぜ悪い。」糞尿譚好きのところも息子そっくり。ねじめは、高齢の母を介護する話を書いているようにみせながら、俳人・詩人ねじめみどりの肉声の詩を残すことを企図してこの本を書いたのではないのか。だとすれば、なんという親孝行な息子だ。認知症詩人、ねじめみどりの誕生だ。ねじめと弟は、肺炎になって意識をなくした母に胃瘻をしてもらう。後に自分が胃瘻をされたと分かった母は顔色を変えてねじめを責める。「ああ、正一のバカは私に断りなしに胃瘻なんかして。胃瘻なんかするんなら私は死んだほうがましよ。私の首を絞めて殺しておくれ!今すぐに絞めて殺しておくれ!」叫ぶ母にうろたえるねじめ。なんとそのときにちょうど隣のベッドのMさんの容態が急変し亡くなる。母はわめきつづけ今度は「うんちがしたい!」と叫びはじめる…。このスラップスティックコメディそのまんまの展開。ねじめの得意技と、みどりさんの妄想・暴言・詩がマッチして、ねじめ流作品世界がたちあがってくる。みごとです。(ま、辟易するという人もいるかもしれませんが) 認知の母にキッスされ 関連情報

ねじめ正一 高円寺純情商店街 (新潮文庫)

平成元年に書かれた前衛詩人ねじめ正一の処女作。東京の商店街の日々が、瑞々しい少年の鋭敏なる感性によって、きらきらと描かれている。ねじめ少年の感性は、平面的で一見すると、おそらく凡庸でつまらない商店街を立体的で、より豊かなものへと構築し直す。それは、私のように東京の池袋そばの商店街で昭和40年代を過ごしたものにとってはとても懐かしい。私はこの著者のような瑞々しい感性を持っていなかったので、例えば化粧品屋のお姉さんはただの化粧の濃いおばさんにしか映らなかったのだが、この本を読むと、少年当時、見ていた凡庸かと思われた商店街の表風景の背景には、このような人生ドラマがあったのだな、と想像することができる。私はアメリカに住んでいた時、アメリカのジャーナリストの取材を受け、「なぜ日本には商店街のような素晴らしい都市空間を形成できたのか」と聞かれたことがある。大変、意外な質問だったのだが、確かにアメリカの都市には、ニューヨーク、サンフランシスコを除けば、家から歩いていけるような商業集積はほとんどない。そういう点から商店街は日本の都市の素晴らしき資産の一つであると認識していたのだが、その商店街には文学的な価値もあることを本書は見事に表現した。素晴らしき商店街賛歌であり、東京賛歌である。 高円寺純情商店街 (新潮文庫) 関連情報

ねじめ正一 荒地の恋 (文春文庫)

ねじめ正一は,同じ詩人として,詩を書くことが生きることにどうつながっていくかを,北村太郎の人生を通して,正面きって書きたかったのではないだろうか.北村太郎と田村隆一の関係もさることながら,加島祥造の恋人だった15歳年上の才媛と,死ぬまで極秘結婚していた鮎川信夫の生き方も,詩人がそれぞれ守り抜いたものをあらわしていて印象的である. 荒地の恋 (文春文庫) 関連情報




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