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アンドレアス・シュタイアー ベートーヴェン:ディアベッリ変奏曲 - アントン・ディアベッリのワルツ主題に基づく50の変奏より [1824年出版 ウィーン] (Beethoven : Diabelli Variations / Andreas Staier, fortepiano after Conrad Graf) [輸入盤]

アンドレアス・シュタイアー(Andreas Staier 1955-)のフォルテピアノによる、たいへん面白いベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の「ディアベッリの主題による33の変奏曲」を中心としたアルバム。2010年録音。はじめに、本アルバムの構成を理解するため、この楽曲の背景について書かせていただきたい。音楽学者、マーティン・クーパー(Martin Cooper)は自著「ベートーヴェン、最後の10年 1817-1827」の中でこう書いている。「ほとんど同じものがない多彩な処理は、ベートーヴェンが研磨してきた鍵盤奏法の集積といえる様で、作品自体がモニュメントと化している」。そもそもこの作品が生まれるきっかけを作った出版業者ディアベルリ(Anton Diabelli 1781-1858)の意図は、“自作のワルツのテーマから、当時の50人の作曲家にそれぞれ1曲の変奏曲を書いてもらい、それを繋いだ長大な変奏曲を出版する”ことだった。ところが、すでに32の偉大なソナタを完成していたベートーヴェン先生、50人のうちの1人として当該依頼を受けたものの、送られてきたディアベルリの「稚拙な主題」に失笑し、放っておいた。ところがしばらくして、ベートーヴェン先生、何を思ったか一人でこの主題に33もの変奏曲を連ねて勝手に「大変奏曲」を完成してしまった。さて、この変奏曲の「変奏ぶり」が凄まじい!当初の「ディアベルリの主題」は開始まもなく跡形もないほどに消し飛び、それ以後はまったく別世界の音楽へとひたすら突き進んで行く。思うに「稚拙な主題」という「お題」を、人類史を代表する芸術家が、(超本気モード)+(そこそこの遊び心)で「一大芸術品」に仕上げた、その迫力こそがこの作品の醍醐味だろう。さて、それで本アルバム。このベートーヴェン大先生の大曲とともに、50人の作曲家のうち10人をチョイスし、彼らの宿題の結果をまず示します。そして、そこから「ベートーヴェンへのつなぎ」として、シュタイアー自ら作曲した3分超の「イントロダクション」というパーツを挟んで、いよいよベートーヴェン先生の巨大なモニュメントへと進んで行くのです。内容の詳細は以下の通り。1. 50人の作曲家による「ディアベッリのワルツ主題に基づく50の変奏」より1) ディアベッリ(Anton Diabelli 1781-1858) 主題2) ツェルニー(Carl Czerny 1791-1857) 第4変奏3) フンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837) 第16変奏4) カルクブレンナー(Friedrich Kalkbrenner 1785-1849) 第18変奏5) ケルツコフスキー(Joseph Kerzkowsky 1791-1850頃) 第20変奏6) クロイツァー(Conradin Kreutzer 1780-1849) 第21変奏7) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 第24変奏8) モシェレス(Ignaz Moscheles 1794-1870)  第26変奏9) ピクシス(Johann Peter Pixis 1788-1874) 第31変奏10) F.X.モーツァルト(Franz Xaver Mozart 1791-1844) 第28変奏11) シューベルト(Franz Peter Schubert 1797-1828) 第38変奏2. シュタイアー イントロダクション3. ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) ディアベッリの主題による33の変奏曲これらを踏まえて、このアルバムの聴きどころは以下の3つと考える。(1) ベートーヴェン以外の10人の作曲家たちの成果を知る。(2) シュタイアーが使用したフォルテ・ピアノ(コンラート・グラーフモデル)の響きを楽しむ。(3) シュタイアーの「ディアベッリの主題による33の変奏曲」の解釈を楽しむ。(1)に関しては、とにかく楽しい。ディアベルリの用意した主題が変奏曲に非常に向いていたということもあるのだけれど、当時のこれだけの作曲家たち書いただけあって、どれも聴き応え十分。いずれも1分前後の作品だが、それだけに聴き易く、実に贅沢な聴き味。中にあって、強い個性を放っているのが、リストとシューベルトであるのはさすがで、リストのヴィルトゥオジティを満喫させた華麗な変奏、シューベルトの淡い哀しみを漂わせた変奏は、いずれも絶品といって良い。シュタイアーのイントロダクションもかなり工夫されていて、それまでの変奏曲たちにくらべて、長めの音符を用いながら、次第にベートーヴェンを彷彿とさせるフレーズを加えていき、間断なくベートーヴェンに突入するものになっている。また、ベートーヴェンがツェルニーの練習曲を風刺したとされる第24変奏と、ツェルニーの書いた変奏曲を一緒に聴けるのも楽しい。(2)については、フォルテピアノとはいっても、豊かな音色を響かせてくれて、聴き味はたいへん豊か。特にヤニチャーレン・ペダルを使用して、ドシャーンという音色のなる第23変奏、第24変奏など、一つの鍵盤楽器を越えた表現になっている。(3)について、シュタイアーは快活なテンポとアゴーギグで、この曲に潜む様々な情感を描き出していく。特にこの曲には「皮肉」「風刺」といったニュアンスが多く含まれる。ディアベッリの、きわめて古典的調整に基づいたワルツを様々に変容させ、新たな解釈、音楽理論を与えていく。主題は解体され、ワルツの形を失っていく様は、「これからの音楽はこっちに向かうんだ」という強靭なベートーヴェンの意志を感じるとともに、それに付いてこれない人々への強烈な風刺でもある。また第23変奏ではドン・ジョバンニの主題を交えるなど、主題を変奏させて、まったく別の作品が入り込んでくる様は、「変奏」という概念そのものへのアンチテーゼでもある。また、これらの変奏曲が、曲の中央を境に対象の構造(音の上下関係を逆に展開)を示しながら進むところは、巨視的な視点を加えた芸術の雄渾さを示していて、最初の稚拙な主題が、「立つ瀬もない」といったありさまとなる。シュタイアーはこれらの意図を、体感的な意味で、とてもわかりやすく表現している。リズム、音色だけでなく、低音域の対旋律までもくっきりと浮かび上がらせることで、そのような面白みを十全に伝えてくれるのだ。私は、この演奏を聴いていると、あっという間に1時間が経過してしまうのを経験する。なんと愉悦に満ちた時間!それにしても、ベートーヴェンの偉大さは他を圧倒している。この32の変奏曲に秘められた多彩な皮肉、風刺は、聴衆にも向けられている。そして、有無を言わさず屈服させられる自分がいる。そのことが快感なのだから仕方ない。そんなベートーヴェンの偉大さを、心底味わわせてくれるアルバムである。 ベートーヴェン:ディアベッリ変奏曲 - アントン・ディアベッリのワルツ主題に基づく50の変奏より [1824年出版 ウィーン] (Beethoven : Diabelli Variations / Andreas Staier, fortepiano after Conrad Graf) [輸入盤] 関連情報




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