ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ

最後のページの最後の一行を読み終えて、私はゆっくりため息をつく。
頭の芯が心地よく痺れ、私は陶然と読後の余韻をいつまでも楽しむ。
幾度も語られ、その度ごとに万華鏡のように様相を変える「私」の記憶。
不確かな世界が幾層にも塗り重ねられ、
「私」の世界は見たことのない不思議な色合いで彩られていく。
金井美恵子は誰よりも言葉の力を熟知している。
彼女は時には詩となり、時には凶器となる鋭く磨き上げられたナイフのような
美しくも残酷な言葉を自在に操る魔術師なのだ。
ともすれば崩れ落ちてしまいそうな繊細な言葉を、息継ぎの長いしなやかな綱のような
文脈として紡ぎ出しながら、金井の小説は読者に静かにささやきかける。
私たちはその彼女が産み落とした豊かな官能の世界に翻弄される。
複雑に混じり合った軽やかな快楽と甘やかなめまいを伴って、
海のようなまどろみに溺れるのだ。
『岸辺のない海』『柔らかい土をふんで、』『噂の娘』と書き継がれた、
言葉の力を信じた、言葉の力だけで構築された金井の宝石のように美しく
きらめく小説群に出会えた読み手は幸せである。
読む快楽と書くおののきを知り尽くした彼女は、
もし言葉の神が存在するのならば、唯一、神に祝福された小説家であり、
彼女の作品に出会えた私たちは真の読書という
神聖な奇跡を体験することになる。