純粋失読―書けるのに読めない

中島敦の小説に『文字禍』という作品がある。その中の一節に「一つの文字を長く見詰めていると、いつしかその文字が解体して、意味のない一つ一つの線の交錯としか見えなくなって来る」という件（くだり）が
ある。これは、誰もが一度は経験したことがあるのではないか。
ところで、、ある日突然、目は見えているのに、そして、書くことはできるのに、例えば、自分の名前を書いてみた時、、いま、自分で書いた文字が読めない「純粋失読」という障害があることをご存知だろうか。
本書は、脳卒中などの病気の後遺症である失語症のなかで、特に「読む」機能だけがダメージを受ける高次脳機能障害である「純粋失読」の患者とその家族の5年間に亙る闘病生活を、発病からリハビリテーション
までを丹念に取材した真摯なルポルタージュである。この高次脳機能障害が抱える問題は、誰もが罹りうる
病として捉えるべきかもしれない。